2045 Carnival Folklore 監督 インタビュー

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ディヴィッド・ノヴァク
映画の概念的な背景はグローバルな核災害から目覚めたポスト-アポカリプティックなテクノスケープを有するYKHM Cityにおけるサイキックな人口支配との闘争に関するものです。独裁的な「党」にとっては、Cityに荒れ狂う混沌と破壊にも関わらず、すべては正常へと戻されなければなりません。精神病院に収監された患者達を除いて、実際ほとんどの住民が既に悲劇を忘れています。ある患者が原発のミニチュアを作り、それは小さなメルトダウンを引き起こし、その他の患者達は原子力復帰の安全性について議論します。進行中の311の悲劇、その影響は明らかにあなたの精神にありますし、映画に埋め込まれています。現時点の日本における核政策と福島第一原発のメルトダウンの影響に関して、政治的、芸術的に何を感じますか?
 

加藤
311の約1月後に友人と3人で福島に行きました。ABRAXASの撮影でお世話になった人やロケ地を訪れ、その後立ち入りが規制される前だったので福島第一原発がある太平洋に向かいました。地震や津波による破壊の爪痕は凄まじくやはりショックでしたが、原発に近づくにつれ人気が無くなった町の光景はさらに異様でした。放射能という眼に見えないものが撒き散らされてそれを感知することができないという状況にかつてない恐怖を覚えました。そして、当然カメラを回しても写すことはできません。眼に見えないもの、今感じている恐怖は映像には写りません。その単純な事実は僕を打ちのめしました。僕はそのとき自分にはもう映画は作れないだろうと思いました。2045は2012年にスタートしました。春からアウトラインやストーリーを考え始め、秋に脚本を作り、その年の冬と翌年2013年初頭にほとんどのシーンを撮影しました。よってこの映画には311からの1年間に感じたり思ったことが反映されています。先ほどの「もう撮れないだろう」から「撮ってみよう」になるまでかなり無理がありました。きっかけとしてEcho Never Goes outを作れたことが大きかったですが、その時思ったのは「好きなものを撮る」ということでした。そして、ここでもまず浮かんだのはノイズだったのです。ノイズだったらまた映画を撮れるだろうと思いました。

◼︎2045 Carnival Folklore in SIFF 2015 : シアトル国際映画祭レポートVol.2 ディヴィッド・ノヴァク インタビュー